とても深淵な表紙に惹かれたのと直木賞2位という事もあって購入しました。
あらすじを大まかに説明すると、
麻薬密売人組織を築いていたメキシコ人が敵対する組織によって家族、兄弟を殺され、その復讐を成す為に力を付けようとします。そして紆余曲折あって日本で臓器売買、特に心臓移植のビジネスを手掛けることになります。
それと並行して、メキシコと日本のハーフの少年コシモが親殺しによって少年院に入れられていましたが無事出所し、彼もこの組織に入る事で物語が大きく動く、というものです。
人物達が徐々に登場し、なおかつそれぞれに生い立ちや組織に入る経緯が語られるのでそれが済むまでに、特にコシモがバルミロの組織に入るまでに本書の半分を割いているのが特徴です。そのような作風ではヴィクトル・ユゴー(レミゼの作者)と似ているかもしれません。
物語のセットアップの時間がかなり多いので冗長さを感じる人は出てくると思います。とはいえそれぞれのセットアップに転換点や変化は富んでいるのでおそらく読んでいて退屈になるのはアステカ神話の説明の箇所かなぁと思います。
ここから先はラストに関する疑問なのでネタバレが怖い方はブラウザバックをお願いします。
パブロはどうなった?
何となく死んだような話の展開でしたが、そうだとすると疑問が残る点があります。
終盤、コシモはパブロの娘に会いますが、何故彼の家族と判明できたのか、また彼女にコシモとパブロの名を刻んだナイフを渡します。本文を読むとパブロはコシモに自身の家族のことを伝えていないように思われます。
コシモと共にいた男は誰?
パブロ説
パブロはバルミロに殺されておらず、コシモとその後に会って家族について伝えた。そのおかげでコシモはパブロの娘を知り、ナイフを渡すことができた。
バルミロとパブロの最後のやり取りを見ると「エルコシネーロ、もう終わりだ」とバルミロに対してパブロが言うもののその後、バルミロの描写は港に向かっていくところから再開する為、明確なパブロの死の描写がない。パブロの家族に自分自身が死んだと伝えたのも死を偽装した可能性がある。自分が生きていて、もしもバルミロ達の生き残りがいれば家族が危ない為自身の死を偽装した(パブロの家族にはパブロが亡くなったと伝えられている)。
バルミロ説
コシモに頭を割られているのでかなり怪しいが、共に港に落ちるも生還する。彼ならパブロの身内について知っていてもおかしくないと思う。だが、あのバルミロが最後コシモにパブロの遺品を渡す手伝いをするか、と言われるとかなり厳しい。
コシモの人間関係は非常に限られていて一緒にいた男の選択肢はこの2択しかないような…。
創作物の暗黙の了解として、突然ぽっと出の登場人物がラストを飾るとは思えないのでそれまでの間に登場人物として登場させる、というルールみたいなものがノックス十戒で定められています。必ずしも遵守される訳ではないけど…
印象に残ったところ
作中、テスカトリポカがどんな神様なのかコシモがバルミロから説明を受けるシーンがありますが、振り返ってみるととても皮肉な結果になってしまいました。
- テスカトリポカは戦いの神や豊穣の神よりも上位の存在である。
- その理由は他国と戦争するよりも、富を得られるよりも、国内で仲間割れを起こす事が最も恐ろしい事だと考えられていたから。
- だからテスカトリポカの存在があることを鑑みて、生贄を捧げ仲間同士団結せよ、という教えがある。
バルミロの祖母からテスカトリポカの教えを聞き、自分の率いる組織にもその思想を取り入れますがその結果が
- 末永にとってはどうでも良い教えだったので反旗を翻す動きをする。
- 末永を消す為に殺し屋を消しかけるが、末永の返り討ちにあい、皆死んでしまう。
- バルミロの教えに強く影響を受けたコシモが心臓を摘出されそうになっている順太を救出する。その際遭遇した夏(シャ)をコシモは殺害してしまう。
ということになってしまうのでした。
私もおかしいと思ったのが、神話に則り心臓を神聖なものにしておきながらその心臓で売買するというのが矛盾というかバルミロ自身も心臓を蔑ろにしているなと感じながら読みました。